大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和54年(ワ)207号 判決

原告 西日本エンジン工業株式会社

被告 国

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 福岡地方裁判所昭和五三年(ケ)第二七〇号船舶競売事件について、同裁判所が昭和五四年一月三〇日作成した配当表中、被告に対する配当額金一、一三八万〇、七二〇円を金三七六万二、五七〇円に、原告に対する配当額を金七六一万八、一五〇円に各変更する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(予備的請求)

1 福岡地方裁判所昭和五三年(ケ)第二七〇号船舶競売事件について、同裁判所が右同日作成した配当表中の被告に対する配当額金一、一三八万〇、七二〇円を金九七九万一、五四三円に、原告に対する配当額を金一五八万九、一七七円に各変更する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告及び被告外七名を債権者、訴外富永水産株式会社(以下「訴外会社」という。)を債務者とする福岡地方裁判所昭和五三年(ケ)第二七〇号船舶競売事件について、昭和五四年一月三〇日の配当期日において、同裁判所は、配当金額二、四五七万四、五八〇円につき、別紙配当金目録記載のとおりの配当表を作成した。

2  しかし、原告の有する別紙債権目録一記載の債権は、次に述べるとおり、本件競売物件である別紙物件目録記載の第六八蛭子丸(以下「本船」という。)の既に開始された航海継続のため緊急不可欠な船舶修理代金債権であつて、本船は修理後引続き航海を継続したものであるから、右修理代金債権は商法八四二条六号の「航海継続ノ必要ニ因リテ生シタル債権」に該当し、原告は、同条同号の船舶先取特権に基いて被告に優先して本船の競売代金の配当を受ける権利を有するものである。

(一) 本船は、船籍港を福岡市、通常の碇泊港を福岡市中央区港二丁目福岡漁港とする漁船であつて、鳥取県沖合の日本海漁場におけるいか漁および東支那海のふぐ漁に従事していたものである。

(二) 本船は、昭和五二年一〇月九日午前九時頃、いか漁のため前記日本海漁場に向けて福岡漁港を発航し航海中、同日午後一時頃主機関に故障発生し、福岡市東区大字西戸崎一二四番地所在原告会社西戸崎造船工場に廻航され、同月一〇日修理に着工、同日修理完了し直ちに右工場より右漁場に向かい操業の後同年一二月一九日福岡漁港に帰港した。右修理代金債権は、別紙債権目録一内訳1記載のとおりである。

(三) 同年一二月二二日午前一〇時頃、本船は再び右漁場に向けて福岡漁港を発航し航海中、同日午前一一時頃主機関クラツチに故障発生のため前記原告工場に廻航され、同日修理に着工し同月二六日修理完了後、再び右工場より日本海漁場に向かい、同漁場において操業のうえ、昭和五三年一月二〇日正午頃福岡漁港に帰港した。右修理代金債権は、前記債権目録一内訳2及び3記載のとおりである。

(四) ついで本船は、同月二三日午前一〇時頃、いか漁のため前記漁場に向けて福岡漁港を発航し航海中、同日午後三時頃機関に故障発生し、急拠前記原告工場に廻航、翌二四日修理に着工し、同月二五日修理完了後直ちに右工場より右漁場に向かい、同漁場で操業を継続のうえ、同年二月一〇日福岡漁港に帰港した。右修理代金債権は前記債権目録一内訳4記載のとおりである。

(五) 本船は同月二五日午前九時頃、ふぐ漁のため東支那海に向け福岡漁港を発航し航海中、同月二六日午前八時頃エンジンの故障と燃料タンクに亀裂発生のため、前記原告工場に廻航、翌二七日修理に着工し、同年三月一三日修理完了後再び右工場より右漁場に向かい、同漁場で操業後同月二〇日福岡漁港に帰港した。右修理代金債権は前記債権目録一内訳5及び6記載のとおりである。

(六) 本船は、同月二二日午前一〇時頃ふぐ漁のため東支那海に向け福岡漁港を発航、同漁場で操業中漁労機械に故障発生し、前記原告工場に廻航、同月二五日修理に着工し、同年四月一〇日修理完了後、引続き右工場より右漁場へ向かい同漁場で操業後同月一九日福岡漁港に帰港した。右修理代金債権は前記債権目録一内訳7記載のとおりである。

(七) ついで本船は、同年五月八日午前一〇時頃、いか漁のため鳥取県沖合の日本海漁場に向けて福岡漁港を発航し同漁場で操業中、同月一四日午前三時頃主機関に故障発生し、急拠前記原告工場に廻航、同月一五日同船の運用に必要な主機関、補助機関、ビルヂポンプ等の部品交換及び修理工事並びに舵取機のシリンダーその他のメツキ及び修理工事、機関室および油タンクの配管、いか釣機の修理及び冷凍機の部品取替修理に着工、同月二五日に右修理完了後再び右工場より右漁場に向かい同漁場で引続き操業後、同年七月九日福岡漁港に帰港した。右修理代金債権は前記債権目録一内訳8ないし10記載のとおりである。

(八) 以上の本船に対する各修理により、原告は訴外会社に対し前記債権目録一記載のとおり合計金七六一万八、一五〇円の債権を取得した。

3  仮に、右債権が商法八四二条六号に該当しないとしても前記2(七)項記載の修理代金債権(前記債権目録一内訳8ないし10)合計金一五四万四、〇〇〇円及び訴外会社が弁済期に右債権の弁済を為さなかつたことにより原告が取得した別紙債権目録二記載の遅延損害金四万五、一七七円との合計額である金一五八万九、一七七円は、同条八号後段の「最後ノ航海ノ為メニスル船舶ノ艤装ニ関スル債権」に該当する。すなわち、本船は前記2(七)項記載の修理を終えたのち、昭和五三年五月二五日、前記原告工場から日本海漁場に向けて発航し、同所で操業のうえ同年七月末に福岡漁港に帰港し、本件競売手続開始にともない停船となつたものであり、右修理代金は、本船が実行した最後の航海のための艤装に関するものである。

4  そこで原告は、前記1記載の配当期日において異議を申し立てたが、完結に至らなかつた。

よつて原告は、主位的請求として商法八四二条六号の船舶先取特権に基いて本件配当表中の原告及び被告への配当額をそれぞれ主位的請求の趣旨1記載のとおりに変更することを求め、予備的請求として同条八号の船舶先取特権に基いて本件配当表中の原告及び被告への配当額をそれぞれ予備的請求の趣旨1記載のとおりに変更することを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち本船の船籍港が福岡市であること及び原告会社の西戸崎造船工場が福岡市東区大字西戸崎一二四番地に所在することは認めるが、その余は知らない。商法八四二条六号の債権は、船舶の船籍港外で発生したものに限ると解すべきところ、原告主張の債権は、いずれも本船の船籍港である福岡市で発生したものであるから、同条同号の債権に該当しない。

3  同3の主張は争う。原告主張の債権は「船舶ノ艤装」に関するものとはいえないし、船籍港内で発生したものであるから、商法八四二条八号にも該当しない。

4  同4の事実は認める。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1、4の事実は、当事者間に争いがない。

二  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一ないし一〇、第四号証、証人広末仁司の証言により真正に成立したものと認められる甲第三号証及び同証人の証言によれば、原告が、本件競売事件の債務者である訴外富永水産株式会社に対し、別紙債権目録一記載の債権を有していることが認められこれに反する証拠はない。

三  そこで、右債権が商法八四二条六号にいう「航海継続ノ必要ニ因リテ生シタル債権」に該当するか否かについて検討する。

1  本船の船籍港が福岡市であること及び原告会社の西戸崎造船工場の所在地が、同市東区大字西戸崎一二四番地であることは、当事者間に争いがなく、前記甲第三号証及び証人広末仁司の証言によれば、本船は、通常の碇泊港を福岡市内の福岡船溜とし、主として山陰沖の日本海漁場におけるいか漁に従事する漁船であり、原告の前記債権は、いずれも本船が福岡船溜を出港して漁場に向かう途中、若しくは漁場で活動中に修理の必要を生じたため、右西戸崎造船工場まで独力で引返して修理等を受けたことによつて生じたものであることが認められ、これに反する証拠はない。

2  ところで、商法八四二条六号が、航海継続の必要によつて生じた債権に先取特権を付与した趣旨は、右債権が総債権者の担保たる船舶の維持、保存に役立つたものであると同時に、航海中に生じた債権については、その地理的関係から債務者である船舶所有者の陸産に対する執行が困難であるから、先取特権を与えて保護する必要が認められるからにほかならないと解されるのであつて、その趣旨に照らすと、船舶所有者の住所地と原則として一致する船籍港(船舶法四条、同法施行細則三条三項)において生じた債権は、右先取特権による保護を与える必要性を欠き、商法八四二条六号の債権に該当しないものと解するのが相当である(高松高裁昭和五二年一二月九日決定判例時報八九五号一一四頁参照)。

また、右「航海継続の必要」とは、既に開始された航海を継続する必要性を指すものであつて、新たな航海をするための必要性を意味するものでないことは異論のないところであるが、右にいう航海の意義も既に述べた先取特権付与の趣旨を考慮すると、船舶がその船籍港を発して船籍港に戻るまでの航行を指し、船籍港を発して航行中の船舶が、その航行の具体的な目的にかかわらず、いつたん船籍港に戻つた場合にはその時点で航海は終了し、その後再び船籍港を発するのは新たな航海に該当するものといわなければならない。

3  そうすると、前記1で認定した事実関係によれば、原告が主張する債権はいずれも本船の船籍港内で発生した債権であることが明らかであり、しかもその債権は「航海継続の必要」によつて生じたものともいえないから、商法八四二条六号の債権に該当せず、他にこれに該当することを認めるに足りる証拠はない。

従つて、その余の点を判断するまでもなく、原告の主位的請求は理由がない。

四  次に予備的請求について判断するに、原告は、本船が現実に実行した最後の航海の直前に行なわれた修理等にかかる債権が、商法八四二条八号の「最後ノ航海ノ為メニスル船舶ノ艤装ニ関スル債権」に該当する旨主張するが、同法八四七条二項によれば、右債権の先取特権は船舶の発航によつて消滅するものであり、右にいう発航が債権発生直後の航海の発航を意味することは法文上疑いのないところであるから、仮りに原告主張の債権が同法八四二条八号に一応該当するものとしても、その先取特権は既に消滅しているものというべきであり、結局原告の主張はそれ自体失当といわざるをえない。

従つて、原告の予備的請求も理由がない。

以上によれば、本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 寺尾洋)

(別紙) 配当金目録〈省略〉

(別紙) 債権目録〈省略〉

(別紙) 物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例